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大阪高等裁判所 昭和24年(ラ)67号 決定 1949年11月30日

抗告人

財團法人朝聯学園

主文

本件抗告はこれを棄却する。

理由

本件抗告理由は

一、抗告人の申請にかかる昭和二十四年(行モ)第二九号行政処分執行停止申請事件につき大阪地方裁判所は、昭和二十四年十一月十七日にその申請を理由ありとして被申請人(被抗告人)大阪府知事が昭和二十四年十一月五日付した学校閉鎖命令の執行を停止するとの決定をしたのであるが同月二十二日に、右行政処分執行停止決定に対して「内閣総理大臣から適法な異議の申出があつた」との理由で、決定をもつてこれを取り消した。

しかし右の取消決定は、行政事件訴訟特例法第十條の解釈を誤つた違法な裁判であるから取り消さるべきものである。

二、まず、前記法第十條第二項は「………と認めるときは、裁判所は、決定を以て処分の執行を停止すべきことを命ずることができる、但し執行の停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞のあるとき及び内閣総理大臣が異議を述べたときは、この限りでない」と規定している。これは内閣総理大臣の異議の申出が裁判所がする執行停止の決定以前に予めなされた場合にのみ、裁判所をき束する力をもつにとゞまり、裁判所が一たび執行停止の決定をした後では裁判所をき束する力をもたないことを示す。

このことは同項の文理上自ら明らかであるし、また正しい実益をもたらす。これを反対に解釈することは、同項の文理を無視するもので、また不都合な結果をもたらすものである。もし内閣総理大臣の異議の申出が裁判所の停止決定の前後を通じて裁判所をき束する力をもつとすれば、

(一)  裁判所が停止決定をした後に、内閣総理大臣の異議があれば、裁判所がした停止決定は当然に自働的に失効するという理論がなり立つ、これは、裁判の性質と本質的に相いれない。然らば、その決定は取り消すことを要するものと解する外はないが、行政事件訴訟特例法のどの條項にも該当規定はない。一体訴訟手続法に規定がないのに、一たびなした裁判を取り消すことを要すると解し、また実際にこれを取り消すというようなことができることであろうか。

(二)  このような解釈は他方新憲法下における司法権と行政権との区分、限界を顧慮するときは、実に重大な問題を提起するものである。

司法権の発動作用である裁判所の裁判が、しかも「執行の停止か公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞」(法第十條二項但書前段)なしと判断してなした裁判所の停止決定が、それがなされた後に内閣総理大臣の異議によつて、その運命が決するなら、これ明らかに司法権が行政権によつて干渉乃至侵害され、否ほん弄される結果となるのではなかろうか、

三、原裁判所がした本件取消決定は、内閣総理大臣の異議の申出を以て、同裁判所が前記執行停止決定をした後においても同裁判所をき束する力ありとし、同法條第六項は裁判所独自の判断に基く場合のみならずかゝる場合をも含むものと解するものの如くであるが、前記法條の解釈を誤つた裁判として取り消さるべきである。

(一)  原裁判所が示す本件取消決定の理由は、必ずしも明確ではないが、「………内閣総理大臣から適法な異議の申出があつたので」というところからみるも、同異議が法第十條三項の要件を具えたものとみているのは明らかであり、同時に同條二項に規定する異議と同一に評價していることが窺えるのである。即ち所掲の異議は、同裁判所が執行停止をした後にも、同裁判所に対してき束力をもつと解するものの如くである。

(二)  果してそうなら、同裁判所は、前項に述べたように、該当規定がないにも拘らず前にした執行停止決定を当然に取り消さねばならないのであつて(これは不可能なことである)、法十條六項によつて取り消すべきものではない。

法十條六項は「裁判所は、何時でも、第二項の決定を取り消すことができる」と規定し、「………の場合に第二項の決定を取り消さねばならない」とは規定していない。

即ち倦くまでも裁判所の独自の判断に基いて取り消す場合を意味するのであつて、他からのき束を受ける場合は含まれないのであり、かゝる故にこそ司法権の独立は犯されないのである。

原決定が内閣総理大臣の異議にき束力をみとめながら、同條六項によつて停止決定を取り消すというのは矛盾といわねばならない。

(三)  仮に原裁判所が所掲の内閣総理大臣の異議申出を以て前記のき束力をもつものと解せず、即ち権利としての異議と解せず、事実としての異議とみて、これとは別個に、裁判所の自由裁量によつて、法十條六項による職権による取消をしたというならばこれまた重大な誤りを犯したものといわねばならない。同條六項は、裁判所の恣意的な取消を容認する趣旨では絶対にない。第二項の決定を取り消すためには、その理由を示さなければならないのは勿論、その理由は、一たびは「執行の停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞」がないと判断して執行停止決定をしたけれどもその後事情の変更によつて「………その虞」が発生したような場合が考えられる唯一の理由である。しかし、僅々四、五日の間にかゝる事情の変更があつたとは到底考えられないし、またかゝる点を考慮してなした取消決定でもないことは明らかである。

或はまた、内閣総理大臣の明示する異議の内容によつては裁判所が、さきになした停止決定に公共の福祉云々の判断につき誤りのあつたことを発見するような、場合も考えられるから、かゝる場合には裁判所は停止決定を取り消すのが相当であろう。しかしこの場合とても、何もその異議が内閣総理大臣によつて申し出られたからというのではない。府縣知事からでもよく、國民の誰れからでもよくその他如何なるモメントによつてもよく、要するに裁判所が新たに右に述べた「公共の福祉云々の虞」があると判断するからに外ならない。本件の場合、申し出られた内閣総理大臣の異議の内容は、結論として、「………かくては政府の方針に基く敎育行政の円滑な運営を期し得ない」というにとゞまり、公共の福祉については一句も言及していない、また政府の方針必ずしも公共の福祉と完全に合致するとはいえない。なお、同異議陳述書には、申請人財團法人が監督官廳の命令を無視し、必要な改組を行わず………云々といつているけれども、この点は事実の経過を無視する甚しい虚構であつて、申請人財團法人が昭和二十四年十月十九日付大阪府知事の改組等指示通告に從い誠実に指定期限までに指示事項を履踐したことは申請書添付の疏明書類によつて明らかである、かように、同異議の申出は、その内容は明白な虚構こそあれ、裁判所をして、公共の福祉云々につき判断の誤漏を発見せしめて、法十條六項の取消を促がすような新しいモメントは全く見当らない。

(四)  更にまた、本件執行停止申請事件は昭和二十四年十一月十日に提起され、翌十一日には裁判所から被申請人たる大阪府知事に対して予め意見をきく書面が送達され(法十條四項)、その後同月十七日に執行停止決定がなされたものであるから、その間、内閣総理大臣は、被申請人の報告によつて、執行の停止が問題となつていることを知り、異議を述べ得る時日の余裕があつたのであつて、この事件進行の時間的経過からみてもおくれて述べられた内閣総理大臣の異議は異議そのものとしては法的にもまた事実的にも如何なる意味においても裁判所をき束する力をもたないと解して、実際上少しも支障がないであろう。

四、以上述べた理由によつて、原裁判所がした本件取消決定は行政事件訴訟特例法第十條の解釈を誤つた裁判であるから、当然に取り消さるべきものである。

というのである。

しかしながら行政事件訴訟特例法第十條第六項は裁判所が一旦行政処分の執行停止決定をした後と雖も執行を停止することが適当でないと認めたときは何時でもこれを取り消し得べきことを規定したものと解すべきであつて、これを本件について考えて見るのに原審が昭和二四年一一月一七日大阪府知事赤間文三が抗告人に対し同月五日付で爲した学校閉鎖命令の執行決定をなしたのに対し内閣総理大臣から同月二二日適法な異議の申立があつたことは本件記録中にある内閣総理大臣吉田茂の異議陳述書に徴して明らかであり、かかる異議の申立があつた以上右学校閉鎖命令の執行を停止することが適当でないと認められるので、一旦なした執行停止決定を取り消した原決定は結局相当であり、抗告人主張の抗告理由は何れも独自の見解にもとずいて原決定を論難するものであつて採用に値しない。よつて本件抗告はその理由がないので、これを棄却することとし、主文のとおり決定したのである。

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